「人口減の日本で希少資源は労働力だ。長い目で見ると、労働の値段である実質賃金が高まるのは必然だ」と、 ある経済学者が雑誌に寄稿されていました*1。今後どの程度の賃上げが必要となっていくのでしょうか。
そこで、「今年の平均昇給率は3%にしたい。世間の物価上昇率は2%だとニュースで言っていた。ウチはそれを上回る」と考えたとしましょう。給与明細(名目賃金)の数字がいかに増えても物価上昇がそれ上回れば出費の方が多くなるのだから、物価上昇率を上回る昇給率とすることで、たしかに財布の厚み(実質賃金)が増えることになります。
ただ、もう一つ理解したいのが昇給率の中身です。実は「賃上げ」と「昇給」は微妙に異なる概念です。教科書的にいえば、「賃上げ=定期昇給+ベースアップ」と定義されます。単なる言葉の定義だと感じるかもしれませんが、重要な意味を含んでいます。
「定期昇給」がある賃金制度は年功的賃金を概ね意味しています。つまり新人からベテランへと(多少の査定幅はあっても)決まって昇給し、最後に定年退職します。このとき会社としては、定年退職者の賃金負担減となるいっぽう新卒採用の賃金負担増となるため、増減は相殺されて賃金総額は不変となるよう設計できるわけです。つまり、定期昇給により確かに一人ひとりは昇給になるのですが賃金総額は不変というわけで、「賃金は、増えているのに、増えていない」という、ちょっと禅問答のような話になります。重要なのは実は「ベースアップ」(雇用数の増加も重要)。これこそが賃金総額を増やすこと(付加価値の増加)というわけです。
希少資源である労働力を獲得していくためには、単に平均昇給率が物価上昇率を上回るかどうかだけではなく賃金総額を増やせるかどうかを判断しなければなりません。これを後押しするため、たとえば「中小企業向け賃上げ促進税制」や「最低賃金を2020年代に全国平均1500円とする政府目標」あるいは「労務費の価格転嫁(中小受託取引適正化)」などが関連してくるのですが、別の機会にふれたいと思います。
*1 「実質賃金」改善のために労使は何をすべきか 渡辺勉 中央公論(時評2025) 2025年7月号